階段  弘仁寺の創建に関しては二つの物語が伝わっています。一説には、嵯峨天皇の夢に、老人があらわれて 「奈良の南に霊山がある。もろもろの仏があらわれて、お経の声がたえない。ここに寺をたてて、衆生を利益されたい。」と 申された。夢から目覚めた嵯峨天皇がその地を 探されたところ、現在の虚空蔵山にあたる場所がわかり、お喜びになった嵯峨天皇が建立された(815年創建)という物語。 他説には、虚空蔵山に流星が落ちるのを見た弘法大師が霊山として開基した(807年創建)という物語。もとより1200年を経た 現在となっては、確かめるすべはありませんが、弘仁寺は平安初期に創建された寺院であります。



虚空蔵菩薩  中世には、華厳宗(総本山 東大寺)の寺院であった時期があり、東大寺の書物に弘仁寺の記述が見られます。 その当時の弘仁寺は、多くの堂宇が立ち並ぶ修業道場であったようです。
 戦国時代には、松永久秀の兵火により伽藍の大部分が焼失してしまいました(1572年)が、江戸時代に 宗全によって再興されました(1629年)。現在の建物はその当時のものです。 一時、戦災により荒廃した時期もありましたが、平安時代初期から現在に至るまで、法灯を守り続けております。